可憐な紫の花を
夏に咲かせるウツボグサ
No56(2003年08月掲載)
  日本全土の日当たりの良い草地に生え、6〜8月、紫色の花をつけるウツボグサ。約5センチ程の花穂(カスイ)に唇状の花を咲かせる。ごく稀だが、薄いピンクや白色の花を咲かせることもある。蒸し暑い夏に、気品さえ感じさせる紫色の花が涼しげ。仲間には北海道の高山に生える変種のミヤマウツボグサ(深山靱草)、中部地方以北の高山に生える同属のタテヤマウツボグサなどがある。海外でもウツボグサは台湾、朝鮮半島から中国、東アジアと広く分布している。ヨーロッパには、やや花の小さいセイヨウウツボグサが分布している。
 ウツボと聞けば、凶暴で知られる魚類のウツボを連想してしまう。名前の由来となったウツボ(靱)とは、弓で射る矢を携帯するために、背負うカゴ状の用具で、花穂の形が似ているところから、ウツボグサと呼ばれる様になった。植物と魚類に共通している名前には、ゴンズイ、カマツカなどがある。夏枯草(カコソウ)、吸花(スイバナ)などの別名を持ち、古くは宇流岐(ウルキ)と呼ばれていた。花穂の形から、コムソウグサ、ヘビノマクラなどの方言名も持つ。
 シソ科に属し、茎高は30センチ位までなので見過ごしやすいが、道端に咲いていることも多い。多年草で、開花後、地面に接した基部から、走出枝(ランナー)を四方に伸して群生する。ミヤマウツボグサはやや小型で、走出枝も短く少ない。全株に白く粗い毛が密生し、茎は断面が方形になっているのが特徴だ。葉は長楕円形で対生する。
 花を咲かせると、真夏に花穂だけが直立したまま茶色に枯れてしまうことが夏枯草の名前の由来となった。吸花の名前は、花の蜜が甘く、子どもが吸って遊んでいたから。与謝野晶子が「なつかしき春の形見やうつぼぐさ 夏の花かや紫にして」の歌を残している。
 栽培は比較的容易で、観賞用として江戸時代から楽しまれていたようだ。やや湿った排水の良い肥沃な場所に、走出枝を移植し、水と有機肥料を与えれば、翌年、花を咲かせる。秋に種子を取っても実生する。鉢植えも可能だが、群生するので、花壇に植えると美しい。ただ、花は開いた後、すぐに枯れてしまうのが残念。
 漢方では、花穂を乾燥させたものを夏枯草として、消炎や利尿薬として用いている。昔は子どもの疳(カン・神経症の一種)に効くと言われ、カントリグサの方言名もある。民間療法では、煎じた液を打撲などに用いていた。
 食用としては、春から夏にかけて、若芽か柔らかい葉を摘み、天ぷらにしたり、塩を入れてよくゆでてから水にさらし、ゴマみそ、マヨネーズ、油炒めなどにして味わう。7月頃の花穂は、薄めのコロモをつけて天ぷらに。花だけを抜き取り、さっと熱湯をくぐらせ二杯酢や三杯酢に。昔は、乾燥した花穂を刻んでお茶代わりに飲んで、暑気払いに飲用する習慣も。クーラーや栄養剤に頼らない、昔の人の知恵だ。