「奈良の花の顔、ナラヤエザクラ」
No40(2002年04月掲載)
 今年は暖冬のため、桜の開花時期が1週間から10日間、早まるそうだ。この開花時期を線で結んだ「サクラ前線」は、日本で一番広範囲に植えられているソメイヨシノの開花日を基準としている。
 サクラはバラ科で落葉高木。モモやウメも同じ科に属している。日本の野生種はわずか十種に過ぎないが、古くから観賞用として自然交配が試みられ、栽培品種は300種を越える。ソメイヨシノも、オオシマザクラ(めしべ)と、エドヒガン(おしべ)との交配種だ。江戸末期に江戸のはずれの染井村(現在は豊島区駒込)の植木屋から広まったのだが、最初はサクラの名所、吉野山から「吉野桜」として売り出されたが、吉野山の原生桜と混同されるため、後に「ソメイヨシノ」と呼ばれるようになった。ちなみに、吉野山に咲き競うのは9割がヤマザクラだ。ヤマザクラは若葉が少し早いか同時に白色から淡紅色の花を咲かせ、赤みがかった若葉に可憐な白い花が風情をかもす。
 日本の野生種は、ヤマザクラ群(ヤマザクラ、オオヤマザクラ、カスミザクラ、オオシマザクラ)の他、カンヒザクラ群(カンヒザクラ)、エドヒガン群(シダレザクラ)、マメザクラ群(マメザクラ、タカネザクラ)、チョウジザクラ群(チョウジザクラ)、ミヤマザクラ群(ミヤマザクラ)に分けられる。サクラの野生種はヨーロッパ、中国、北米などにも約50種が分布するが、交配種は日本ほど多くない。
 伝来の栽培品種の中には、明治維新の混乱の中で、存在が確認できなくなったものもある。
 いにしへの奈良の都の八重桜
    けふ九重に匂ひぬるかな
 と、平安期の才媛、伊勢大輔が名歌に詠んだサクラも、どの種類の八重桜を詠んだのか、不明になっていた。大正11年になって、東大寺知足院の裏庭に、優雅に咲く遅咲きの八重桜を見つけ、ナラノヤエザクラと命名した。翌年には、知足院奈良八重桜として天然記念物の指定も受け、現在では、奈良県の県花、奈良市の市花にも指定されている。奈良各地の社寺や公園には、サクラが数多く植えられ、散策の目を楽しませてくれる。一本一本観察していけば、品種や日当たりによって開花時期が大きく異なることがわかる。メモしていけば、あなた独自の「サクラ前線」が記録できるはず。とても食用にはならないが、サクランボを結実させるのも観察できる。
 中国では実を桜桃といい、下痢止めや強壮剤に用いている。古来日本でも樹皮を粉や黒焼にして漢方に用いてきた。現在では、樹皮の皮目が美しいので、樺(かば)細工や建築材、器具材に利用されている。もっとも親しみ深い使われ方は、サクラ餅を包んでいる葉かも知れない。使われているのは伊豆半島、伊豆七島、三浦半島、房総半島に多く分布するオオシマザクラの塩漬けだ。微妙な塩加減とクマリンのよい香がサクラ餅の味わいを引き立ててくれる。