「春の到来を告げるフクジュソウ」
No39(2002年03月掲載)
 お正月を飾る祝い花として、その鉢植えを目にすることが多いフクジュソウ(福寿草)。別名、元日草とも呼ばれ、そのおめでたい名前からも新年にふさわしいが、自然界で開花を見るのは3月ごろだ。旧暦の正月に、床飾りとして珍重された習慣が、新暦の今も残っているのだ。日本全土に自生するが、北上するに従って、その群落が大きくなる。奈良県では西吉野村の自生地が有名である。自生地は排水のよい肥沃な土地で、山林と田畑の境界付近に多く見られる。
 キンポウゲ科に属し、種子から花を咲かせるまでに5年以上かかる多年草だ。属名の「アドニス」は、ギリシャ神話に登場する美の女神アフロディーテに愛された美少年の名前だ。野猪に殺されたアドニスの死を悼んだ女神の涙が、少年の血と結合し咲いたのがフクジュソウだと言われる。
 黒褐色の太い根を、多数伸ばして開花の時期に備える。北風に冷たさを感じる10月頃から芽を伸ばし始め、11月に入ると地割れを生じさせる。そして凍土の中で年を越して開花時期を待つ。早い株では凍土の中から鮮やかな黄色の花を咲かせ始める。寒さにふるえながら春を待ちわびた昔の人々にとって、黄金色の花が咲き競う様は、強烈な印象だったに違いない。
 開花の様子を観察してみると、フクジュソウが光や温度に敏感に反応していることがわかる。例えば、木の枝などによって陽射しがさえぎられ、花が日陰になってしまうと、1〜2分で花を閉じてしまう。そして、太陽の移動により、影の位置が変わり、ふたたび陽射しを感じると、ふたたび花を開花させる。
 温度変化による急激な成長の変化も、その生命力の力強さを感じさせる。まだ、残雪の見られる時期でも、数日、暖かい日が続くと、茎葉を伸ばし開花が進む。霜をかぶった時も印象的だ。霜にあったフクジュソウは地表にうなだれて凍てつくような夜間を過ごす。日の出と共に、陽射しが霜を溶かしだすと、茎葉が背を伸ばし、花を咲かせる。春一番に咲く花は、約10センチ位の短い茎の先に咲く頂花で、直径3センチ位だ。正月花として店頭に並ぶのは、この成長過程の姿の鉢植えなので、ほとんどの方は、これをフクジュソウの一生の姿として思い込んでしまっている。実際には、暖かさとともに茎を伸ばし続け、羽状に切れ込んだ葉を広げ、頂花に続いて腋枝(えきし)の花も咲かせ、種子をつけるころになると、その草丈は30センチ位に達する。強心、利尿の薬効があるとされているが、全体に有毒性分を持ち、一般には絶対に食用に用いてはいけない。
 種子は金平糖状で、6月ごろには茎も葉も黄変し、やがて大きく育ってきた周囲の草に覆われるように休眠する。陽射しを必要とするフクジュソウが好むのは、冬に葉を落とす落葉樹林だ。戦後、スギ、ヒノキなどの常緑樹の植林が進むにしたがって、その群落を減少させ「絶滅危惧種」のリストにも登録されている。