秋から冬に栄養を蓄えるヒガンバナ
No33 (2001年09月掲載)
 お彼岸の頃、田んぼの畔や川の土手に燃えるような赤い花を咲かせるヒガンバナ。北海道以外の日本全国に広く分布し、曼珠沙華など、千を超える様々な別名を持つ。その一つにハナシ草というのがある。開花時期に葉を持たないことが、赤い花を際立たせる一因になっているのだ。
 もちろん、葉がなければ光合成によつて栄養素を作り出すことはできない。ヒガンバナが枯れた頃、花茎が出ていたところから、中央に白緑色の筋が入った、線形で厚くて軟らかい緑色の葉がスクスクと伸びてくる。そして、冬期を経て翌春の四月ごろまでの七ヶ月間、光合成によって、栄養を根元にある鱗茎に貯め込む。一般的な植物が芽を出し花を咲かせる春から夏にかけては、ヒガンバナは葉を枯らし、夏が終わるまでの間に鱗茎の中に花芽を形成し、次の生殖成長期に備える。秋雨が降るころ、鱗茎からツボミを持った花茎を伸ばし、そして開花する。
 ラッキョのような形をした鱗茎はアルカロイドの一種であるリコニンという毒を含むが、上質のデンプンがとれる。強烈な刺激があることから虫に食われないため、ヒガンバナのデンプンから作った糊は、びょうぶやふすまの下張りなどの表具や、和服の糊付けなどに使われていた。また、モグラや野ネズミを防ぐため、田の畔や池の土手に植えられるようになった。墓地で目に付くのは、土葬の墓を野獣が掘り返さないようにするためだ。また、飢饉の時は水にさらして毒抜きをし、食用として用いられることもあった。栄養成長期が特異なことが、天候不順による飢饉時の救荒作物としての価値を高めている。
 年配の方は、ハカバナやシビトバナ、キツネノタイマツなど、不気味な名前で教えられた記憶があるかも知れない。地方によっては、ヒガンバナを持ち帰ると家が火事になる、と言い伝えもあるそうだ。「ヒガンバナの根には毒があるのて、むやみに触らないほうが良い」ことを、子どもたちに教えるには、この方が効果的だ。
 鱗茎以外の葉や茎には毒はない。花を観察すると、花茎の先に赤色の花が数個、輪のように付いているのが分かる。花被片は六枚で反り返り、赤色の雄しべと雌しべが花の外に長く突き出ている。花は糖度多い蜜を出すので、多くの昆虫が蜜を吸うために訪れる。日本のヒガンバナは、染色体数三十三本の三倍体であるため、種子を作ることはないので、あだ花といわれている。地下の鱗茎が分かれることで繁殖するのだ。中国産のものは8月に開花し、染色体数二十二本で、結実して種子が出来る。ヒガンバナのルーツは、中国から稲作が伝わるとき、救荒作物として同地に入ってきたという人為的導入説のほか、海流による漂着説や、もともと日本に自生していたという説もあり、はっきりとしていない。