「水田の生きている化石
カブトエビ」
No30 (2001年06月掲載)
 下の写真では大きさが分からないので、その形から天然記念物のカブトガニを連想してしまうが、実際は体長20〜30ミリで、奈良盆地の水田にも広く分布している。3億年前の地層からも、ほとんど形態の変わらないカブトエビの化石が出土している。シーラカンスやオウムガイ同様、生きている化石が身近で観察できるのだから、興味深い。
 日本にはアメリカカブトエビ、アジアカブトエビ、ヨーロッパカブトエビの3種が生息している。ヨーロッパカブトエビは、生息地の北限、山形県酒田市周辺でしか発見されていない。奈良県下で多く見られるのはアメリカカブトエビで、谷先生が23年前、斑鳩の水田でアジアカブトエビを初記録している。
 田植えの時期、水田に水が入ると一斉に孵化する。見慣れてない人は、色と大きさからオタマジャクシと見間違い、見過ごしてしまう。でも、農家の方達には「田の草取り虫」として、よく知られた存在だ。水田の土壌表面をかき回したり穴を掘ったりし、芽を出した雑草を引き抜いて浮かしたり、新芽や幼根を食べて除草してくれるのだ。苗に育っている稲には害を与えることはない。水田雑草の除草剤に替わるものとして、注目を集めているのだ。
 その一生は20日間と短い。孵化すると全長2ミリほどの幼生となり、微小な動物プランクトンのミジンコなどを活発に食べて脱皮し、10日間で1センチを越える成体となり産卵を始める。一回の産卵数は10〜30個で、死亡までの約10日間、産卵を繰り返す。産卵総数はアメリカカブトエビで約2000個、アジアカブトエビで約400個に達する。アジアカブトエビは雌雄とも見られるので両性生殖だが、アメリカカブトエビは雌のみで単為生殖といわれている。卵は直径0・4ミリで、薄黄色味を帯びた球形で、二重の膜に覆われている。厚い外皮は胚(はい)を乾燥や低温から守り、340日を越える休眠に耐える。小学校低学年の学習雑誌に、カブトエビの乾燥卵が付録としてつけられていたこともあったので、案外育てた経験をもっている人も多いかも知れない。水の抜かれた田んぼで乾燥卵として冬を過ごし、水が入れられると一斉に孵化が始まるのだ。
 水田の畦をこわさないようにして、カブトエビがいるか見てみよう。カブトエビに出会えたら、水槽に入れて、泳ぎ方や摂食、産卵行動、脱皮の様子、体の仕組み、産卵数などを観察、3億年のロマンに触れてみよう。エサを食べるときは、腹に多数ある肢を滑らかに盛んに動かして、口に向けてつくった水流で運ばれたものを、あごと鋭い歯で食べる。イトミミズやオタマジャクシから、水田植物の芽や根も食べる雑食性だ。幼生は泥中のプランクトンや生物の破片が好物だ。水道水は塩素が入っているので一晩汲み置きを。